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去る4月15日、“前進座芝居塾〜『謎帯一寸徳兵衛』の舞台・深川を訪ねて〜”が開かれ、前進座友の会の方を中心に、応募された100名強の方々と5月公演の出演者、前進座制作部、そしてガイドをお願いした地元・江東区シルバー人材センターの皆さん、総勢140名が春爛漫の深川を散策しました。
また、午後は、作家・松井今朝子さんの講演会が《深川江戸資料館》で行なわれました。
全体を6つの班に分け、ひとつの班にそれぞれ参加者17〜18名、俳優が2〜3名、ガイドさんが2名づつという編成で、コースを歩きました。やや風がありましたが、幸い天候に恵まれ、散歩日よりでした。
門前仲町駅を各班時間差で出発し、黒船稲荷⇒富岡八幡宮⇒深川不動堂⇒深川閻魔堂⇒滝沢馬琴生誕地を巡ったのち、芝翫河岸跡⇒深川神明宮⇒昼食のコースと、紀伊国屋文左衛門の墓⇒霊巌寺⇒昼食の2つのコースに分かれ、昼食後《深川江戸資料館》を見学した後、館内のホールで松井さんの講演会という順でした。
今回の国立劇場公演『謎帯一寸徳兵衛』の作者・鶴屋南北は、晩年深川に住み、今回廻った黒船稲荷境内の家で没しました。南北にとっても深川界隈は“庭”であったようで、今回の『謎帯』はもちろん『東海道四谷怪談』他多くの作品に深川を登場させています。南北だけではありません。松井さんの講演の中でも紹介されていましたが、前進座でも上演している並木五瓶の『五大力恋緘』や河竹黙阿弥の『髪結新三』など、様々な作品に深川は取り上げられています。大名屋敷などもあったようですが、その反面“辰巳芸者”で有名な花街があり、かなり栄えていたようです。そんなことからも察せられるように、当時深川は雑多で猥雑な感じがあったのではないでしょうか。作家達が芝居にしたくなるような雰囲気、環境、そこに生きる人々の息遣いなど、捉えて離さない何かがここにはあったのでしょう。
今回の『謎帯』や『四谷怪談』は【生世話】といわれ、武士の零落した姿、人間の本質、ドロドロした部分を正面切って描いていますし、当時の本所・深川の風俗も生き生きと描写されています。
多くの作家の創作意欲を駆り立てる場所・深川…。参加してくださった皆様と共に、その当時の深川の様子を想像し、思いを馳せた一日でした。
【亀井栄克 記】
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集合場所の門前仲町駅改札前
「4班の人〜、集まってくださ〜い」 班毎に旗の色が決まっています。
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南北の住居跡・黒船稲荷。
昔は大きな森の一角でしたが、今は住宅街の中にひっそり佇んでいます。
杏佳は、むらさき色の旗の2班。
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水色の旗の3班は、辰三郎も一緒に記念撮影。
うしろは、富岡八幡宮・横綱力士碑。碑の裏には歴代の横綱の出身地と名前がずら〜っと彫ってあります。
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これが名高い、富岡八幡宮に奉納された日本一の大神輿。
ダイヤモンドやルビーなど、きらめく宝石がいっぱい。今は、深川祭りの、3年に一度の本祭の時だけかつがれるそうです。
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ソメイヨシノには遅かったけど、街角には枝垂桜をはじめ、花々がいっぱい。まさに、春爛漫といった感じです。
グリーンの旗を持つ亀井は6班。
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一方の昼食処、割烹みや古。
趣きのある老舗で、先代の国太郎さんも訪れたことがあるとか…。
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参加者に『謎帯一寸徳兵衛』初演当時の上演記事の載った雑誌『新演藝』を手に、お話しされる松井今朝子さん。
講演は、深川界隈の登場する歌舞伎の四方山話…。
先ほど巡ってきた箇所箇所が目に浮かびます。
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出演者一同もご挨拶。
出張中だった圭史も駆けつけました。 |
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若手は並んで…。 |
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