ロケハン旅行記 第三回
一軒目の貴族の家を見させてもらった後は、庶民の家を見させてもらった。貴族の家との違いは、屋根が藁葺きであることだろうか。広さはもちろん違うが、基本的なつくりは一緒であることが外からも分かる。門があり、正面に母屋、その脇、90度で建てられているのは倉庫であろう。壁が低いので分かりづらいが確かに庭を囲んだ作りとなっている。今風に建具はガラスになっているが、それ以外は、昔の形を保っている。40歳半ばの林さんも昔住んでいた家はこうだったと言っていた。都市部は別として、最近でもこの作りは守られているのだろう。

続いて伺ったのは、韓国で有数の酒造メーカーの社長の家だそうだ。この家は旧家の趣を残しつつ、中は最新の設備であるらしい。土地を広く持っているからこその贅沢な作りだと分かる。門から入ると、やはり建物に囲まれた庭があった。

ここまで見てきて気付くのは町全体に平屋の建物しかないこと。広い通りで町をグルッと見回してみても、高低差は土地の隆起そのままでしかない。無理やりに人間が住み着いた印象は全くなく、自然との調和がなされている。石を積み上げ粘土で固めた壁も、セメントで作ったときの直線ではなく、自然の曲線を描いていた。日差しをさえぎる高いものが樹木以外にない町並みは、秋の深まったやわらかい日差しと相まって、旅人の心を落ち着かせてくれた。

次に向かったのは女性の貴族が住んでいた家だという。70年前の建物だそうだが、残念なことに6年前に火災にあい、一部焼け焦げたまま放置されている状況であった。しかし、家の構造はよく分かった。これまでの貴族の家と同じで巧みに建物が組み合わされ中庭を形成していく。その中庭に必ずあるものが井戸だ。そして、台所の脇にはたくさんのカメ。中身は、キムチはもちろん、味噌、しょうゆも自家製で作るらしい。大人でも人一人すっぽり入れそうなものから、片手で抱えられそうな小さなものまで様々な大きさで15程度置いてある。どこの家でも必ず10ほどはあったから、決して多い数字ではない。このカメは家の日当たりの良いところに置くのだそうだ。「直射日光を避け涼しいところで安置」という発想は日本のものなのかもしれない。

一通り見終わった16時頃になって、ようやく昼食にありつけた。朝8時頃にバスターミナルの横の屋台で韓国うどんを食べて以来の食事だったので、待ちに待った昼食である。予定表を作ってくれた黄さんお勧めの豚の焼肉サムギョッサルだ。林さんはビールよりもこれをと言って眞露(ジンロ)を頼んでくれる。我々三人は揃って酒飲みという酒豪チームなだけにありがたい。

韓国と日本では食事のマナーが違うのはよく言われるが、ここで気付いたのは正座。私はなんとなく座敷の場合、正座が楽なのだが、正座をしていると必ず崩して崩してと言われるのだ。後で調べると韓国で正座は罪人がする座り方なのだという。文化の違いを感じる出来事だった。

ゆっくり食事をした後にも、19時のバスの時間までまだ回るところがあるという。今度は現在住まわれている農家へお邪魔させてもらうことになった。そこに住まわれているおじいさんの年齢が71歳。解放のとき(光復節・日本の敗戦日8月15日のこと)は小学2年生で、一年だけ日帝時代の教育を受けたそうだ。今では全く日本語は分からないというが、東方遥拝(天皇の居る東を向いて拝むこと)の記憶があるという。皇民化教育がどれだけ進んでいたかがわかるエピソードだった。

更にもう一軒、現在も住まわれているお宅を訪問させてもらった。家主は80歳を越えているという。物語の舞台である1940年当時に中学生ぐらいだった計算だ。これは主人公の兄テヨルと同じ年代である。私たちの話を聞き、久々に使ったと言って覚えている日本語を披露してくれた。「ありがとう、さようなら」日本語を聞きながら、ここには暗い時代が確かにあって、それをしたのが私たちの国なんだということを伝えていた。

バスに乗る頃には陽はもちろん暮れ落ちていた。ソウルへ着くのは22時を越えるであろう。心地よい疲れの中、バスの揺れに身を任せていた。
第四回へつづく 矢印

町並み風景
やわらかい日差しに照らし出された色合いがやさしい。すべてが微妙な曲線を描いている。

町並み風景
やわらかい日差しに照らし出された色合いがやさしい。すべてが微妙な曲線を描いている。


台所の脇にあるカメ置き場。
なかなかの存在感だ。
どこの家庭にも数や大きさに違いはあっても必ずあった。
女性はガイドの林さん。

台所の脇にあるカメ置き場。
なかなかの存在感だ。
どこの家庭にも数や大きさに違いはあっても必ずあった。
女性はガイドの林さん。



最後に伺ったお宅での記念の一枚。
左から金子、林さん、奥さん、ハ先生、ご主人、十島。
この後に、片言の日本語を聞かせてもらいました。

最後に伺ったお宅での記念の一枚。
左から金子、林さん、奥さん、ハ先生、ご主人、十島。
この後に、片言の日本語を聞かせてもらいました。