ロケハン旅行記 第三回
韓国ロケハン3日目。本日も天気晴朗。天候に恵まれただけで得した気持ちになれるものだ。本日はソウル市内の博物館等を巡る予定だ。ガイドをしてくださる方とは11時半待ち合わせなので、午前中は孫基禎(ソン・ギジョン)記念館へ行くことにした。

実は昨日も、午前中に時間が空いてしまったので、この記念館があるというオリニ公園へ向かったのだ。しかし、案内所で聞いても誰も分からず、スケジュールを作ってくれた黄さんも知らないようだった。私もネットで色々と検索してみたが、はっきりとしない。唯一、諦めきれない十島さんがホテルのフロントに尋ねると、偶然にも、知っている人が居たのだった。どうやら、やはり記念館はオリニ公園にあるそうだが、単独ではなく、子ども会館という建物の中にあるらしい。そこの開館時間が10時ということで少しゆったりと出発した。

そもそも孫基禎という人をみなさん御存知であろうか。この人物はマラソン走者でオリンピックの金メダリストである。と、書けば華々しい話であるが、彼にとっては時代が見方をしなかった。1936年ベルリンオリンピック、ヒトラーのオリンピックと呼ばれた政治色の強いオリンピックで、孫基禎は祖国の国旗「太極旗(テグッキ)」を身につけて走ることは出来なかった。当時の韓国は日本に統治されていたため、孫其禎は日の丸をつけて走り、見事金メダルを獲得したのだった。韓国では初めて世界で通用する同胞が現れたことに涙を流し喜ぶ。しかし、事件が起こった。朝鮮ではかなり大きな新聞社の一つである東亜日報が表彰台にあがる孫基禎の胸の日の丸を意図的に消した写真を掲載したのである。このことにより、記者が逮捕、東亜日報は無期限の発行停止処分を受ける。また、孫基禎は祖国の独立感情をいたずらに刺激する危険人物とみなされ、祖国へ帰国しても祝賀会のほとんどが中止せざるを得なかった。

「木槿の咲く庭」の中でも、このエピソードは出てくる。当時のラジオが孫基禎を「日本のソン・キテイ」と言ったのを聞いて、家族の一人、叔父さんが「彼は韓国のソン・ギジョンだ」とつぶやくのだ。幼い妹スンヒィは創氏改名令が発布されたときにこのことを思い出す。言葉を奪われ、文化を奪われ、名前まで奪われていった韓国。その象徴がこの孫基禎なのかも知れない。

地下鉄を乗り継ぎ、記念館に到着したのは10時の20分前。開館までのんびり待つのかと思いきや、十島さんは違った。片言の言葉に自信満々な笑顔と握手を駆使して、守衛をかわし、会館職員に扉を開かせるのだ。まさしく年の功。若いころからこの魅力で周りをひきつけてきたのだろう。

記念館では、オリンピック当時の写真はもちろん、戦後、スポーツ振興のために尽力した歴史が紹介されていた。偶然、私たちを案内するはめになった職員の蔡仙姫(チェ・スンヒィ、物語の主人公と同じ名前!)さんに、当時の東亜日報の記事はないかと聞いてみたが、ここにはないとのこと。しかし、表彰台に上る写真が複数あった中に、明らかに胸の日の丸が消されているものがあった。記事にした写真はこれかも知れない。慌しい訪問になったが、確実な収穫があった。
本日のガイドさんとの待ち合わせ場所までここから30分程度。地下鉄を二度乗り換えて向かう。やさしい笑顔で待っていてくれたのは本日のガイドをしてくださる白潤卿(ペク・ユンキョン)さん。普段は西大門刑務所歴史館のガイドをしているとのこと。

早速、早めの昼食に蔘鷄湯(サムゲタン)の専門店へと向かった。11時半過ぎにしてすでに70席ぐらいが満員状態。人気店のようだ。待つこと5分強で早速サムゲタンが登場した。食前酒として朝鮮人参酒もついてきた。程よい苦味に食欲が増す。サムゲタンは若鶏の内臓を取り出し、そこへもち米と様々な滋養ある実や野菜を入れてじっくり煮込んだものだ。鶏の身はよく煮込んであるため溶けるように骨からはがれていく。スープ自体に味付けをしているわけではないので、好みにより塩やキムチで味を足していく。一同、食べ始めると自分の鍋に集中して誰もしゃべらなくなる。みな黙々とサムゲタンを食べながら午後からの観光に思いをはせるのだった。
第五回へつづ 矢印

左の写真が表彰台にあがったときの写真。右の写真は、同じ写真の孫基禎をアップにしたものだが、胸の日の丸は消されている。どちらも記念館で飾られていた写真なのだが、特に解説されている様子はなかった。

左の写真が表彰台にあがったときの写真。右の写真は、同じ写真の孫基禎をアップにしたものだが、胸の日の丸は消されている。どちらも記念館で飾られていた写真なのだが、特に解説されている様子はなかった。


子ども会館内、孫基禎記念館の入り口にて。
左から演出十島、ガイドしていただいた蔡さん、会館の職員さん、脚本金子。
旅には、こんな出会いがあるのだから、もっと言葉を勉強したいと思った。

子ども会館内、孫基禎記念館の入り口にて。
左から演出十島、ガイドしていただいた蔡さん、会館の職員さん、脚本金子。
旅には、こんな出会いがあるのだから、もっと言葉を勉強したいと思った。



サムゲタンを目の前に、満面の笑顔の制作豊田(左)。その横はこの日のガイドをしてくれた白さん。

サムゲタンを目の前に、満面の笑顔の制作豊田(左)。その横はこの日のガイドをしてくれた白さん。